Stammbaum

ホーエンツォレルン家系図

Friedrich I. — Friedrich der Große ・ 三代の系譜

プロイセン王国を築いた初代国王フリードリヒ一世から、啓蒙と戦火の時代を生きたフリードリヒ大王の世代まで。三代にわたるホーエンツォレルン家の系図。

Generation I ・ 1701

プロイセン王国、始まる

Friedrich I.

フリードリヒ1世 1657 – 1713

初代プロイセン王(在位 1701–1713)。ブランデンブルク選帝侯としてはフリードリヒ3世。戴冠によりプロイセンを王国へと格上げした。

⚭ 1684年 婚姻

Sophie Charlotte von Hannover

ゾフィー・シャルロッテ・フォン・ハノーファー 1668 – 1705

初代プロイセン王妃。ハノーファー選帝侯家出身。シャルロッテンブルク宮殿にその名を残す。

Generation II ・ 1713

「兵隊王」と倹約の時代

Friedrich Wilhelm I.

フリードリヒ・ヴィルヘルム1世 1688 – 1740

第二代プロイセン王。「兵隊王」の異名で知られる軍制・財政改革者。フリードリヒ大王の父。

⚭ 1706年 婚姻

Sophie Dorothea von Hannover

ゾフィー・ドロテア・フォン・ハノーファー 1687 – 1757

第二代プロイセン王妃。英国王ジョージ1世の娘で、後の英国王ジョージ2世の妹にあたる。

Generation III ・ 1707–1730

十人のきょうだいたち

Wilhelmine

ヴィルヘルミーネ 1709 – 1758

バイロイト辺境伯夫人。大王が生涯もっとも信頼した姉で、宮廷生活を綴った回想録で知られる。

→ 回想録(日本語訳)を読む
本サイトの主人公

Friedrich II. der Große

フリードリヒ2世(大王) 1712 – 1786

第三代プロイセン国王。啓蒙専制と七年戦争の王。

→ 大王の生涯を読む

Friederike Luise

フリーデリケ・ルイーゼ 1714 – 1784

アンスバッハ辺境伯夫人。

Philippine Charlotte

フィリッピーネ・シャルロッテ 1716 – 1801

ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテル公妃。

Sophie Dorothea Marie

ゾフィー・ドロテア・マリー 1719 – 1765

ブランデンブルク=シュヴェット辺境伯夫人。

Luise Ulrike

ルイーゼ・ウルリケ 1720 – 1782

スウェーデン王妃。国王グスタフ3世の母。

August Wilhelm

アウグスト・ヴィルヘルム 1722 – 1758

プロイセン王子。大王に嗣子なく、この系統から後の王位継承者が出た。

Anna Amalie

アンナ・アマーリエ 1723 – 1787

クヴェートリンブルク女子修道院長。作曲家としても知られる。

Heinrich

ハインリヒ 1726 – 1802

プロイセン王子。七年戦争で兄を支えた名将。

Ferdinand

フェルディナント 1730 – 1813

プロイセン王子、軍人。末弟。

※ フリードリヒ・ヴィルヘルム一世とゾフィー・ドロテアの間にはこのほかに、生後まもなく死去した長男フリードリヒ・ルートヴィヒ(1707–1708)をはじめ夭逝した子女がおり、二人の子は全14人にのぼる。